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2020/02/28

カナダ東部横断の旅 Part 8 - オタワで国会議事堂プロジェクションマッピングショー鑑賞&カナダ歴史博物館見学!

2020年元日、トロントを後にして首都オタワ(Ottawa)に移動。

元日の夜は国会議事堂のプロジェクションマッピングショーを鑑賞。

そして翌1月2日の午前は、カナダでの古代から現代までの歴史を知ることが出来るカナダ歴史博物館(Canadian Museum of History, Musée canadien de l'histoire)を見学しました。


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国会議事堂でプロジェクションマッピングショー


トロントの宿泊ホテルをチェックアウト後、ユニオン駅(Union Station)からVIA鉄道(VIA Rail)に乗車。

オタワに着いて、オタワの宿泊ホテルに荷物を置いてから、カナダの政治の中枢且つオタワの観光名所でもある国会議事堂に行ってみました。

※トロント~オタワまでの鉄道での移動の様子は、別記事で紹介予定です。




国会議事堂はOトレイン(O-Train)1号線国会議事堂駅(Parliament | Parlement)若しくはリドー駅(Rideau)が最寄り駅。




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オタワにある国会議事堂のプロジェクションマッピングは、毎日午後5時半~11時まで、1回当たり15分間のショーが延々と繰り返される形式。
別途公式ウェブサイトを見る限り、今期は2020年1月7日までの開催でした。




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午後5時半ピッタリ、オタワ国会議事堂のプロジェクションマッピングがスタート!




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プロジェクションマッピングを見るのは国内外問わず初めてだったのですが、ここまで精巧に作られているとは思いませんでした。




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-10度近くという厳しい寒さをしばし忘れ、子供たちも国会議事堂のプロジェクションマッピングに夢中!




YouTube上で公開されている国会議事堂プロジェクションマッピングの様子。
結構音が大きいので騒音問題が起きないのかと思うのですが、周辺が省庁や美術館・博物館が殆どで住宅がないからでしょうか。。。




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寒さに我慢できなくなったら、灯油ストーブで温まりながらのプロジェクションマッピング鑑賞も良いでしょう!





カナダ歴史博物館見学


翌日2020年1月2日の午前も引き続きオタワ。

カナダ歴史博物館を、税込み入場料23カナダドル(約1,930円)を支払って見学して来ました。

先に訪問の感想を言うと。





半日いても足りない位内容が充実!





この感想は、僕が高校時代に世界史の勉強が好きだったからに他なりません(汗)。

でもこの博物館のおかげで、カナダの歴史を改めて脳内整理出来てとても良かったと思っています。

僕と同じように世界史に関心を持っている方は、是非ともこの博物館訪問をおススメします!




カナダ歴史博物館への行き方としては、Oトレイン(O-Train)1号線リドー駅(Rideau)から徒歩。
本当は(特に寒い時期だと)路線バスに気軽に乗れるのが良いのですが、オンタリオ州オタワを中心に走るOCトランスポ(OC Transpo)運行の路線バスと、オタワ川を挟んで隣接しているフランス語圏の町ケベック州ガティノー(Gatineau)を中心に走るウタウエ交通局(Société de transport de l'Outaouais, STO)運行バスの路線バスの2種類あるらしく、観光客の僕にとってはシステムがややこし過ぎてどう乗っていいのかわかりませんでした。。。




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カナダ歴史博物館に到着し、見学開始。




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カナダ歴史博物館3階に上がり、先ずは1763年までの歴史から勉強。




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ヨーロッパが現在のカナダに上陸するまで、多くの先住民族(カナダでは総称して「ファーストネーション(First Nation)」と呼ぶみたいです。)が暮らしていたそう。
写真に写っているのは、デジタル処理で再現された、現在のブリティッシュコロンビア州を中心に住んでいるというシーシェルト族(Sechelt)の4,000年以上前の顔。




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16世紀頃になり、イギリス・フランス両国の当時国王が特使にアジアへの航海路開拓を依頼。
アジアには辿り着けなかったものの、カナダを含むアメリカ大陸から資源の情報を得られたことが、アメリカ大陸の本格的な領土開拓の礎になったそう。




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17~18世紀中盤に掛けて、カナダで最初に領土を築いたのはフランス。
ヌーベルフランス(Nouvelle-France、「新フランス」の意)と名付けられたそう。




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現カナダに領土を築いていたフランスと、同じ時期に現アメリカ合衆国を中心に領土を拡大していたイギリスが(北)アメリカ大陸での領土を巡って争うことに。
1756年~1763年に渡って繰り広げられた七年戦争(Seven Year's War)の結果イギリスの勝利となり、ヌーベルフランスの現カナダに当たる部分がイギリスの手に。




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同じカナダ歴史博物館の3階で、次は現カナダをイギリスが支配し始めた1763年から、第一次世界大戦勃発の1914年までのカナダの歴史を勉強。




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イギリスはカナダ全体を英語話者のイギリス国教会信者にさせたかったものの、既に多くのフランス人カトリック信者がヌーベルフランスの影響で長く住んでいたことを考慮し、彼らを尊重して協力していきながら国づくりを進める方針に転換。




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7年戦争に伴う財政赤字の補填のため、イギリスはアメリカ植民地に税を課したそう。これを含めた複数のことがアメリカ合衆国独立の要因となった、との解説。




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7年戦争・アメリカ合衆国独立、そして1812年~1815年に掛けて展開された米英戦争(カナダ歴史博物館では、戦争開始年からとって「(1812年戦争(War of 1812)」と表記)を経ての、1815年時点での英領カナダ及びアメリカ合衆国領土。
五大湖周辺から大西洋岸に掛けて、現在のカナダ・アメリカ合衆国国境線とほぼ同じ位置に見えます。




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英領となったカナダにイギリスからの移民が急増。




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移民は移住先で各先住民族と協定を結んでいったが、その協定の多くが、先住民族に安全保障や居住を約束する見返りに毎年の所謂上納金を要求するもので、先住民族にとって不利なものだったそう。




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1867年、イギリスがカナダに自治権を与え、カナダ自治領(Dominion of Canada)に。
当時の領土範囲はまだ写真の濃い橙色箇所のみだったのが、ここから東のニューファンドランド島(Newfoundland)及び太平洋岸まで徐々に拡大していくことに。




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ヨーロッパ各地からの移民がカナダに定着していく中で、先住民族との混血メティス(Métis)も誕生。




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今や世界中で用いられているタイムゾーンは、1885年に当時カナダ太平洋鉄道(Canadian Pacific Railway)のチーフエンジニアだったサンドフォード・フレミング(Sandford Fleming)が正確な鉄道列車運行のために提案し、1885年に導入されたことがきっかけだそう。




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カナダ歴史博物館の3階から4階に上り、今度は第一次世界大戦勃発の1914年から現在に至るまでのカナダの歴史を学びます。




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第一次世界大戦において、カナダ自治領は所謂「連合国軍(Allies)」の一員として軍隊65万人程を送り、66,000人が犠牲となり、17万2,000人という多くの負傷者が出る結果だったそう。




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第二次世界大戦においても、カナダは第一次世界大戦と同様「連合国軍」の一員として参戦。




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1942年にカナダは戦時措置法の下、ブリティッシュコロンビア州に多く住んでいた日系カナダ人に対し、所持財産の制限及び強制収容所送りの命令を下したとの解説。
写真上側に写っているのが、1942年ブリティッシュコロンビア州スローカン(Slocan)の強制収容所に送られようとしている日系カナダ人の様子。




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1988年カナダ政府より第二次世界大戦当時の日系人への措置に対する謝罪がなされ、当時のブライアン・マルルーニー(Brian Mulroney)首相と全カナダ日系人協会(National Association of Japanese Canadians)のアート・ミキ(Art Miki)会長が合意文書に署名する場面。




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カナダの憲法は実質1867年カナダ自治領誕生の時のものがずっと使われてきたのが、1982年にイギリスの承認を経なくてもカナダのみで憲法制定が可能になり、(驚くことにこの時にやっと)完全な独立国家としてのカナダが誕生。
写真の左下が当時カナダのエリオット・トルドー(Elliott Trudeau)首相、右下が2020年2月現在もイギリスの国王であるエリザベス2世(Elizabeth II)。
ちなみに2020年2月現在カナダの首相を務めているジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)氏はエリオット・トルドー氏の長男だそう。




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カナダを構成する州の中で歴史上フランスにルーツを持つ人・フランス語話者が多いケベック州では一時期独立の機運が高まり、1995年に独立の是非を問う国民投票が行われたが、その結果51%対49%という僅差の僅差でカナダに残ることが決定したそう。
この出来事からまだ25年しか経っていないということが信じられない!




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カナダ歴史博物館展示の最後は、「カナダは障害・性的指向・人種関係なく、多様性を尊重します」との主張で終わっていました。
実際にそれが完全に達成されるのは(どの国でも)難しいのが現実ではありますが。。。



Part 9へ続く。





カナダ東部旅行で参考にした書籍はコチラ!







前回Part 7をまだお読みになっていない方は下のリンクをクリック!

カナダ東部横断の旅 Part 7 - 大晦日のトロント散策、ネイサン・フィリップス広場で2020年カウントダウン!

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